TRAIN-TRAIN

今更ながら振り返ると、15歳の高校入学時から大学を卒業する7年間、社会に出て勤めるようになって現在に至るまで、すでに20年以上を電車通学、通勤を継続している。毎朝最寄駅まで、汗が滴る真夏日でも手先が痺れる厳冬の季節でも自転車を必死に漕いでよく通っているなとつくづく思う。年々体力の衰えを実感しているアラフォーとしては、東京で暮らしていた頃の中央線、山手線経由という地獄の通勤ルートをクリアできたのは20代の若さがあったからだと身に染みて思うわけだ。
電車という乗り物は一歩車両に踏み込めば、そこはまさに社会の縮図ともいうべき空間であり、年齢、性別問わず、あらゆる人種、つまり対社会と対峙する一番身近な交通機関ではないだろうか。
ここ数年で車内の環境は大きく変わったと思う。ほぼ8割~9割の人が首を垂れてスマホやアイパットなどの電子機器に夢中になっている。一昔前の通勤中に朝刊を広げて新聞を黙読するお父さんや、度の強うそうな丸縁メガネをかけて文庫版や漫画を読み耽る学生はほとんど見かけなくなった。ぼくは一斉に携帯電話を弄るこの光景に異様な違和感を覚えるときが少なからずある。何かこの時代に翻弄されている感が否めないのだ。電車の中こそ、他人と自分、社会と自分が交差し見つめあえる絶好の場ではないだろうか。自分の世界に没頭するのはかまわない。ただ、少し目線を上げて周りを見渡してほしい。不可解な他人の行動ほど興味をそそるものはない。もしかするとすぐそこに、あなたの将来の恋人やフィアンセがいるかもしれない。