白球残映

また、夏が終わろうとしている。
今年は大阪北部地震、そして甚大な被害をもたらした西日本豪雨と自然災害に苦しめられた上半期だった。
そんな中、記念すべき第100回夏の高校野球選手権を迎えた。猛暑の中、熱戦が繰り広げられた戦いは、大阪桐蔭高校の史上初の春夏連覇で幕を閉じた。どの試合も炎天下の下で全力でプレーする球児たちに、おじさんになった今、涙腺がさらに弱くなって困ってしまう。
記念大会として、セレモニーや過去に活躍したレジェンドたちが大会に花を添え、連日多くのファンが聖地に訪れた。驚くのは朝の開門前からすでに満員御礼が通知され、準決勝や決勝ならまだしも平日の一回戦から売り切れるのだから大したものである。それだけ高校球児たちの素晴らしい野球と姿勢に感動を享受するわけで、裏を返せばプロ野球の体たらくに失望しているファンが浮き彫りになっているのだろう。是非、外野からへらへらしながら歩いてベンチに戻ってくるプロ野球選手は高校球児を見習ってもらいたい。
今回、確かに感動も勇気もテレビを通じて伝播されたはずだが、ぼくは終盤につれて何か居心地の悪さを感じていたのも事実だ。
それは選手たちの身体つきである。例えば、大阪桐蔭の選手たちを見ても、どの選手も身体がすでに出来上がっている。成人の身体だ。もちろん、ぼくらのころとは食事やトレーニング方法も違うし、高校野球全体が進化しているけれど、腕や足などの筋肉を見てもすでに高校生離れしている。骨格が完成されており、つまり洗練されているのだ。そういう意味では時代に適した選手が生まれてくるのは必然で、過去の人間は脱帽するほかない。
ただ、一昔前のお腹がでていて、くりくり坊主の球児たちが見られなくなってきたのは寂しい限りだ。間違いなく現代の球児のほうが、技術的にも体力的にも昔に比べて格段に進歩しているが、ぼくは鈍足でもバッティングが上手かったり、ストライクがまったく入らないニキビだらけの下級生など、十代の不実さや素直さを如実に披露してくれる高校生を買いたいところだ。だが、そんなことを彼らに求めるのは酷なことで、おじさんの戯れ言は胸にしまうべきであろう。
どちらにしろ、紺碧の青空に白球を追う若者の姿に偽りはない。