マサさん、永遠に

7月14日、マサ斎藤氏が亡くなられた。このブログのアイコンや個人的な画像にも使用させていただいてるマサ斎藤さんが鬼籍に入られた。
2000年にパーキンソン病を発症し、これまで長い闘病生活と文字通り戦っていたが、容体が急変しついに帰らぬ人となった。
覚悟はしていた。知人にも同じパーキンソン病を患い闘病生活を余儀なくされている方がいるが、症状を抑える薬はあるみたいだが、決定的な原因がつかめないので手術は施せないらしく、治療薬でただ進行を遅らせるだけしか現状はないらしい。
マサ斎藤は間違いなくプロレスラーだった。レスリングでオリンピックにも出場し鳴り物入りで当時の日本プロレスに入門。その後、日本プロレス崩壊のいざこざに巻き込まれたが、単独でアメリカに渡米。数々のタイトルを獲得し、アメリカで長期に渡り最も成功した日本人レスラーとなった。近年ではアメリカ外国人ほか海外レスラーの世話役となり、信頼関係を築き上げ日本マット界に名レスラーを送り込んでくれた。
レスラーとしてはあの身体を見れば一目瞭然だろう。ウエイトトレーニングで鍛え上げた分厚い胸板や太い腕、そしてあのつぶらな瞳のまわりを覆う男らしい剛毛な髭がより一層、かっこいい男、頼りがいのある男を引き立てている。ディアドロップの黒いサングラスがこれほど似合う男をぼくは知らない。
容姿だけではない。レスリングも泥臭く、大技から小技までプレースタイルはまさにストロングスタイルそのもので、独特のレッグロックから監獄固めに移行する瞬間なんかはゾクゾクとする質だ。
また引退後は解説者として、名言、迷言を連発してくれた。あの風貌でカルピスが一番ウマイと豪語するお茶目さと、どんな人にでも決して蔑んだり見下したりしない態度に本当の男らしさを見た気がする。
病気をしてからは各メディアでも取り上げられ、その闘病生活の中で必死にリハビリに励むマサ斎藤の鬼気迫る姿があった。リハビリの中、仲間らに助けられながらリングに上ったときは思わず目頭が熱くなった。
それにしてもリングとは一体なんなんだろうか。四角いジャングルで繰り広げられ死闘をぼくらは見て、それぞれが何かを感じ取ってそれを共有する。言葉ではなくラリアットで相手に伝達し、身体だけですべてを表現しなくてはならない。そういう意味でマサ斎藤は「Go for broke」(当たって砕けろ)の信条通り、プロレスラーを最後まで貫き戦い続けたまま生涯を終えた。

今まで本当にお疲れさまでした。天国で大好きなカルピスを片手に、思う存分あの捻り式バックドロップでみんなを沸かせてください。合掌。