春の嵐

だいぶ暖かくなってきた。大阪に春の訪れを周知させるひとつに「大相撲」がある。春場所である。
大阪場所は大阪府立体育館(現エディオンアリーナ大阪)で開催され、3月に入ると大阪のあちらこちらで普段見かけることのない巨漢の力士たちが街を練り歩く姿を目撃できる。髷を結ったびん付け油の匂いがなんとも言えない甘味な香りを春一番に乗せて、市民たちに冬の終焉と初春の水端を知らせてくれる。大阪人にとって、普段利用している駅や商店街、歓楽街になどに、まだ二十歳前後であろう、髷がまだ結えない長髪の浴衣姿の力士の姿を発見することで、「もう春やなぁ」「これから暖かくなるで」と天気予報よりも直に春の訪れを実感するのである。
「荒れる春場所」とはよく形容するが、春場所に限らずここ数年の相撲の取り組みは、横綱大関陣にしろ安定感などないに等しく、とくだん強調するほどのものではない気がする。最近は相撲協会のずさんな管理体制や関取同士のモラルの欠如に、相撲ファンのぼくは辟易している。よく相撲を「日本の国技」とか「伝統」といった言葉で評価するが、裏を返せば新しいことを取り入れられないということでもある。閉鎖的で外部からの見識に反応できず、井の中の蛙のまま時代に取り残されていくのだ。
そんなこともあって興味が薄れて相撲から離れてはいるが、いつかまた若貴ブームのような熱気とファンを魅了する個性的な力士の登場を期待して、ぼくは目の前を塞いでいる大きな身体の力士の横を通り過ぎていくのだった。

通勤の最寄りの駅にある「大寒桜」は一般の桜よりも開花が早いのだが、すでに淡虹色の花弁がすでに膨らんでいて、外灯に照らされ煌々と輝いている。長かった冬が終わりようやく春の足音が聞こえてきた。春の嵐に舞い上がる花弁を纏い、あがた森魚さんの名曲、「春の嵐の夜の手品師」を口ずさみながら、生暖かい夜風を背に、ぼくは自転車を漕いで帰った。

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