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しんせかい①

GWの初日。日本中が海外だ沖縄などの行楽地に、また里帰りの帰省中にと、せっせと予定を敢行している中、独身者の身としては他人事のように 、テレビのニュースで帰省ラッシュなどの映像を傍観していると、友人から「相手をしてくれ」と連絡が入った。彼とは幼なじみで、市役所に勤め5年ほど前に結婚をしいまや二児のパパである。連休中、嫁がママ友と出かけたらしく時間がポッカリ空いたとのこと。
久しぶりに会うのでどこかに出かけようと考えたが、世間はGW真っ只中。どこに行っても人混みなのは安易に想像がつく。 何気なくぼくは「新世界」はどう?と聞いてみた。何故ゆえ新世界という言葉が出てきたのかは説明できないが、久しく訪れていないことも助長し我々の行き先が決まった。
新世界とは大阪の浪速区にある繁華街で、大阪のシンボルでもある「通天閣」が中心にそびえ立っている。じゃんじゃん横丁なる入口を潜ると串カツ屋が並び、何を売りたいのかわからないアパレル店が連なり、スマートボールや劇場、映画館など昭和が色濃く残るこの歓楽街が、逆に人気を集め最近注目されているらしい。
だが、大阪人は率先して来ることはない。それは東京に住んでいて東京タワーに訪れないのと同じことで、わざわざ大阪の中心で環状線から毎日眺められるこの光景を関西人なら自明のこととして振り向きもしないからだ。いまや観光客向けにビジネス形態も変化し、他府県の観光ツアーなどでは新世界も人気スポットらしいが、大阪に住む者としては、あの地域に足を簡単に踏み込むのは、ある種の冒険と言っても過言ではなく、危険地帯に足を踏み込むのと同等なのである。
あの界隈は大阪の中でも特に治安が悪く、いわゆるあいりん地区の日雇い労働者などがワンカップ片手にたむろし、夕闇とともに怪しい外国人娼婦が肩を寄せてくる。裏の影の世界はこの街でしか生きていけない人たちの街でもあり、棲みかでもある。どうしようもない情念。怨念。悲哀に満ち溢れ、あまりに忙洋としている。まさに黒岩重吾車谷長吉の世界である。 けれでも、ぼくは彼らを否定しない。何故か。そんな彼らがあまりに強烈で潔いからである。人間味に溢れすぎで、注いだジョッキから溢れてしまっている。何年か前に訪ねたときはまだその雰囲気が残っていた。
ぼくはGWに確かめたくなった。