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大きな桜の木の下で

今年の桜はいかがだったでしょうか。天候が不安定で例年より遅く開花し始め、四月に入っても全国でまだ満開にならない地域もあるみたいだ。ぼくの住む関西圏でも北と南でだいぶと差があり、週末に雨が降るなどツキにも見放された感じで、周りのみんなに聞いても今年はまともに花見を開いていないと口をそろえている。
日本人は桜がほんとうに好きだなと思う。大好きである。そんな仲間が集まれば花見に移行するのが常であり、あとは飲めや歌えや好き勝手騒ぐだけである。ぼくも若いころ勤めていた会社で花見の「場所取り」をまかされて桜の木の下に段ボールを何枚も重ねて陣取っていたのも懐かしい。
桜の美点はいくつもあるが、やはり日本人が共鳴し合える「わび・さび」をたった数週間でわれわれに提供してくれることだと思う。
大きな樹木がつながり桜が満開した景観はとにかく豪華で、壮観でもある。時間や角度によっては白にもピンクにも紅くにも見える無数のはなびらが重なり合い、妖艶で美しくどこか幻想的だ。そんな桜があっという間に散ってしまう散り際に、儚さやもの悲しさを受け取り、己に投影することでぼくらは共有し合い人生の滋味深さをかみしめるのだろう。
ちょっと年寄臭くなってしまった。先日、幼馴染の友人と桜を肴にバーベキューでもするかと集まった。雨予報で断念していたが、一時晴れ間が差し込み近所の公園に友人の子どもを引き連れて桜を見に行ってきた。想像していたよりも立派な桜がぼくらを出迎えてくれて、今年はじめて桜をゆっくりと眺めることができた。隣では少年野球の試合が開催されていて、遠くから威勢のいい声が届いてきた。楽しげに老人たちが野球を観戦している。遊具ではお父さんと一緒に遊ぶ子供たちの姿がある。憩いの場所となっているのだろう。桜を満喫するのもいいが、本来、桜に限らずそこに植物や動物が根付いていたり生活している自然な現象を過剰にフュ―チャ―するものではなく、ふと無意識に気づかされることのほうが日本の四季を楽しめるのではないだろうか。


追記・写真に現っている男は菊永紘也という幼馴染で、ミュージシャンとして細々と関西を中心に活動している。詳細などのライブ情報を今後掲載していく予定だ。

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