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立ち食いスタイル

立ち食いそばが好きだ。そば屋ではなく「立ち食いそば」である。駅のホームの片隅やガード下、商店街の並びに佇むあの独特な店構え。店先から何とも言えない「出汁 」の甘辛い匂いに誘われて、数分後には割り箸を割っているのが必定。早くて、安くて、旨い。日本人にぴったりのこのシステムが劣化することは皆無である。「立ち食い」という、一見行儀の悪いこのスタイルに外国人は驚くかもしれない。それでも小生が通うのは、何より、四六時中開いているというのがうれしいではないか。夏の猛暑日にはざるそばが食べれて、冬の木枯らしに吹かれながら、熱々の天ぷらうどんを啜る。いつでも小腹が空けば、人種、職業を問わず受け入れてくれる、この間口の広さにどれだけ救われたか。感謝しきれない。というわけで、仕事でもプライベートでも立ち食いそば屋を見つけると、暖簾をくぐる癖が離れないのである。
先日、仕事で姫路駅に降りたった。近年、大河ドラマなどでブームになった姫路城がホームから眺められるが、ここには「えきそば」の聖地がある。「えきそば」は知る人ぞ知る、立ち食いそばのルーツともいわれ、いまやコンビニなどでカップ面が販売されるまでの人気で、全国から訪れるほど有名店なのだ。
初めて見るとその麺の色に驚くだろう。終戦後、何もない時代に小麦粉の変わりにこんにゃく粉とそば粉をまぜ、試行錯誤の結果、現在のかんすい入りの中華麺に和風だしというスタイルに変わったらしい。店内にはえきそばの歴史の沿革が貼られていて、独特の手狭な空間に、子どもからお年寄りまで、肩を並べてそばを啜ることができる。ここには最近日本人が疎遠しがちなコミュニケーションの場が存在し、そばとうどんだけで共有しあえる。
一度まだ体験していない方は、500円玉だけ握りしめ、すぐ近くの立ち食いそば屋に足を運んでみてはいかがだろうか。

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虎の巻

先日、久しぶりに高校時代の部活の先輩と阪神競馬場へ遊びに行った帰りに、ふと、あることを思い出した。

「そういえば先輩。この近くにタイガースファンが集まるお店があるんじゃないですか?」

高校時代、バスケ部に所属しながらも(小生はマネージャー)、先輩とはお互いプロ野球に傾倒し、野球全般、特に阪神タイガースを中心に情報収集に注力して共有しあっていた。当時から阪神タイガースの熱狂的なファンが集まる居酒屋の存在を認知しており、いつかは訪れたいなと話していたのだ。ぼくは携帯で検索すると、そのお店が阪神、阪急の今津駅にあることがわかり、店の名前がズバリ「虎」ということも判明した。これまでテレビなどでも取り上げられていた、黄色と黒の店内で騒ぐタイガース党に会えると思うと胸が高鳴り、ぼくらは急いで仁川をあとにして今津に向かった。

夜の帳に包まれた今津駅にはアルコールの匂いがすでに漂っていた。居酒屋「虎」は地図で確かめることもなくすぐに見つかった。

だが、様子が違う。まるで活気がない。プロ野球が開幕していないからか。しかも店先には「焼肉」という看板の文字が。ぼくらは恐る恐る扉を開いた。店内には阪神タイガースの歴史を彩る、グッズやポスターやサインが飾られていたが、そこはカウンターだけの「焼肉屋」だった。ぼくらが困惑している中、薄暗く細長い店内の先にごつい男がひとり立っていた。

「いらっしゃい」

見た目は強面で大柄なオヤジが、低い声でこちらに声をかけた。

「す、すいません。ここが阪神タイガースのファンの聖地ですよね?」

まだ店を開けたばかりだったらしく、たばこに火をつけながら「そうです。いまは前のオーナーが亡くなって、焼肉店になったんです」と現在の大将らしいその男が答えた。

話を聞くと、以前の大将が亡くなり、オーナーが店を仕舞うのは勿体ないとのことで、誰か探していたところに現在の大将を雇い、タイガースカラーは残したまま、焼肉店として再びオープンしたらしい。すぐ同じ通りにもオーナーのお店もあるらしく、どちらもタイガースカラーを残したまま営業は続けているらしいとのこと。

「だからぼく自身、詳しく野球のことは知らないんですわ」

「それじゃぁ、まずいでしょ」と内心で思ったが、その大将は見た目は強面だが、言葉の端々から好感がもてる印象を与えた。

ぼくと先輩はテレビで見ていた「巨人のたたき」などのメニューを期待していたが、いまはそのお品書きだけが記念に残っているだけで、完全に焼肉店となってしまった。実情を知ったぼくらはとりあえずビールで乾杯し、焼き肉を平らげ同じオーナーが経営するもうひとつの「虎」に足を運んだ。こちらもお好み焼き屋として営業しており、店内はタイガースの備品などに覆われていた。

個人的な感想では、こちらの店のほうがまだ阪神タイガースの匂いが残っているように感じた。どちらにしろ期待が大きかった分、ぼくも先輩も肩を落としたが、話を聞くとプロ野球がはじまり甲子園で試合があるときは、さすがに賑わい、遠方からも足を運んで訪れるそうだ。次回はプロ野球が開幕し、春の気候のいい5月頃に再訪してみようと思う。

 

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お受験

近頃、通勤途中に普段見かけない学生服姿の中、高校生たちを見かけるようになった。彼らは一様に神妙な面持ちで、参考書や暗記した大学ノートなどに目を配らせている。ぼくは、最後の追い込みをかけている彼らをはたから見ていて、当時の自分の回想に耽っていた。
高校受験はいまから20年前に遡る。受験当日の道中は忘れてしまったが、確実なことといえば、頭が悪く受験したその高校しか道はなかった。
昨今は知らないが、当時(あくまでも通っていた3年間)は大阪で1、2を争うあほ高校だった(名誉のため校名は出しません)。しかも男子高であり、どうしようもない落ちこぼれたちが仕方なく高校の卒業証書を手に入れるためだけに通う学校だった。軍隊のような規律と体罰が日常茶飯事に行われ、高校生をよく形容する、青春だとか恋愛だとかからはかけ離れ、近くの住民からは「日帰り刑務所」と揶揄されていた。
実写版、「男塾」ともいうべきか。入学式のあと、教室に戻りうしろを振り向くと、北斗の拳の「ラオウ」がこっちを睨んでいた。ぼくはすぐさま振り返り、これからの3年間を想像すると恐ろしくなって、早く退学しなければと本気で思ったのだった。
そんな衝撃的な高校生活の始まりが、人生で一番楽しかったと断言する日がくることなど、このときはまったく想像できなかったのである。
「お受験」という言葉はマスコミから生まれた言葉であり、決して人を蹴散らして勝者になるだけが人生の時間ではない。電車から降りて勇んで志望校に向かう彼らが微笑ましく、他人事ながら無事合格してきてもらいたいと思ったのである。

ブログ開始

皆様はじめまして。小生、カバオと申します。関西在住のしがないアラフォーサラリーマンでございます。私事ですがブログを開設してみました。主に関西中心に仕事で出会った方々、面白いスポット、日々感じたことなど玉石混淆、綴っていきたいと思っております。

詳しい素性など、おいおい紹介していければと思います。反論や共感、ご意見などなんでもかまいませんので、足跡を残していただけたら幸いです。

稚拙な文章で不愉快な思いをさせてしまうかもしれませんが、一生懸命書いていまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。