年をとろう

以前に紹介したミスチルファンの同級生に誘われて、半年ぶりにコンサートに行ってきた。しかも今回はミスチルのライブではなく、「寺島呼人」である。あのバンドブームを率先していたJUN SKY WALKER(S)のベーシストであり、知らなかったのだが「ゆず」や「植村花菜」など多くのアーティストをプロデュースをしているらしく、作詞家、作曲家とマルチに活躍しているみたいだ。
正直、ぼくは名前は知っていたがジュンスカ以降の彼の所在はまったく知らなかったので、今回「寺岡呼人バースデーツアー 50歳/50祭」のチケットをパッと見て、「もう50歳になったんだ」という感想だけで惹きつけられるものはなかった。しかし出演アーチストの中に「桜井和寿」「K」「さだまさし」という名を見て同級生に承諾し大阪城ホールに足を運んだのだった。
会場で同級生とその仲間たちと合流したが、前回も述べさせてもらったが、ミスチル以外のアーチストのライブであっても、桜井和寿が一瞬でも拝めるならば全国どこへでも出動する彼女たちのバイタリティーには心から敬服する。
彼女たちから今回のライブの流れやいきさつを聞いてみた。デビュー前から寺島さんを兄のように慕い交流があった桜井さんをはじめ、プロデューサーとして関わった「K」(恥ずかしながら彼のことを知らなかった)や尊敬している「さだまさし」ら、ゆかりのあるゲストが集い、この50歳の記念イベントを東京と大阪で開催するそうだ。
ライブの2時間前にはぞくぞくとファンが詰めかけ、会場の外はすでに熱気で溢れかえっていた。さすがに女性陣が大半を占め、主役の年代だけあって落ち着いた30代~40代ぐらいが中心のように思われる。ぼくもこの年代に混じってなんら違和感なく居心地のいいこの雰囲気に耽溺している自分が怖かった。しかし、彼女たちは違う。さすがである。すでに桜井さんの情報交換からチケットの手配に余念がなく、ライブに決して溺れていない。自分を見失っていない。そしてチケットの席もアリーナの前から6番目という特等席を用意してもらい、会場が暗転していよいよライブがはじまった。
ライブ終了後、ぼくの第一声は「いや~、面白かった」であった。3時間以上の長丁場ながら想像していた以上のパフォーマンスがこれでもかと披露され、こういう記念ライブとしては実によく演出されていた。そして主役である寺岡呼人という人物の人柄にも好感をもった。どうみても50歳に見えないだろう。これは誰しも異論はないはずだ。スタイルの良さ。甘いマスク。全体から漂うオーラに嫌味がないのだからお手上げである。言葉の端々や共演アーチストとの絡みを見て、相手のことを気遣えるやさしい人であることは察しがつく。自分より若い演者たちにも配慮をして、なおかつ自然に相手の引き出しをさらけ出せる技量は相当なものだ。こんな大人になれたら、こんな先輩が近くにいたらと、ライブの途中何度も考えさせられ唸らされた。ゲストのさだまさしの音楽にも翻弄された。歌声の美しさと旋律が心地よく、おまけにMCの面白さといったらもう。それだけで満足である。
本来のお目当てである桜井さんはというと、彼女たち曰く今日はイマイチだったらしく採点は辛かった。ぼくにはそうは見えなかったが、追いかけている彼女たちだけにわかる何かがあるのだろう。
それにしても寺岡さんにしても桜井さんにしても年齢をまったく感じさせないパフォーマンス力には頭が下がる。一方、見習わなければならないことも沢山あったように思う。ぼくは俗にいう、「ちょい悪オヤジ」は若者ぶって誇示する姿勢がみっともなく嫌いだが、彼らのような歳の取り方や姿勢には大賛成である。
年末から再開したダイエットにも力が入る。ぼくは冬の夜風が身に染みたが、心も身体も締めていこうと気合いを入れ、目の前のライトアップされた大阪城に誓うと、白い息を吐きながら会場をあとにしたのだった。

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ザ・魔雲天

有名な登山家は「何故山に登るのか?」と問われて「目の前に山があるからだ」と答えたそうだが、山と言えば漫画のキン肉マンに登場する悪魔将軍の「ザ・魔雲天」を思い出すのはぼくだけだろうか。そんなことはどうでもいいのだが、先日、二十数年振りに「山登り」にチャレンジしてきた。最近、友人が山登りに肩を入れて登山の魅力を力説し以前から声をかけてくれていたのだが、こちとら素人である。服装から装備から全くの無知であり、この極寒の中、麓はおろか山は深雪に包まれとても素人が手を出す聖域ではない。
そんなこともあり、初めは近場の「金剛山」や「葛城山」などピックアップしていたが、さすがに前日の寒波の影響もあって大阪府和泉市にある「槇尾山」に今回は絞った。
槇尾山」は標高600メートルほどの小山であり、登山というよりも標高500mくらいのところに行基空海ゆかりの古刹「施福寺」があって、登り坂の多い参道といった感じで、近所の方が参拝と運動がてら登るような身近で気軽に赴く場所だそうだ。
ぼくらは槇尾山の麓まで車で行き、そこから頂上を目指すというプランを立てた。降車すると刺すような冷気が身体に沁みて、文字通り身が引き締まる思いがした。大げさなことを述べているが、実際は近所の幼稚園児でも登れるほどで、大人の足なら30分程度で山頂に到着すると聞いていた。しかし、この季節も関係しているのか、しんと静まり返った覆われた森林の中では、妙に神妙な気持ちにさせてくれた。参道をゆっくりと友人と話をしながら登っていると、数分でうっすらと額に汗が滲み、途中の踊り場では早くも手拭いで汗を拭き取る始末。ここ数日の寒波の影響もあって水溜まりなどには氷が張っており、つららや氷塊がそこらじゅうに転がっていた。相方は流石に慣れたもので、地図の見方ひとつにしても素人ではないとすぐに判別がつく。身なりやシューズも体をなし、素人がよく陥るが見た目の装備に羨望している自分がいる。
そうこうしているうちに見上げると、階段の向こうに寺らしきものを発見した。ぼくらは最後の階段を登りきると、そこにはゴールである施福寺が姿を現した。お参りを兼ねて賽銭を投げ、ベンチに腰をかけて改めて風景を眺めた。たかだか30分程度の勾配だか、初心者のおっさんには充足感でいっぱいだった。絶景に酔い、持参したカップラーメンを喰らう。旨い。空腹にはこの安っぽくて濃厚な味がたまらない。ぼくらの火照った身体にひんやりとした山の空気が絶妙な体温を生み出し、ただただこの時間を共有したかった。
ちなみに境内からは南東に岩湧山、東に金剛山が眺望でき、春は桜、秋は紅葉が楽しめるので、関西在住の方は一度足を運んでみてはいかがだろうか。
ぼくは下山しながら、「また新しい趣味ができたな」と悠々と俗世間に戻ったが、心残りは「山ガール」と対面できなかったことか。挙句にはせっかくカメラに収めた風景を操作ミスで消去してしまうというミステイク。辛うじて残っていた写真を掲載しておきます。

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えべっさん

今年はいつにもまして寒いのではないか。冬は寒くて夏は暑くなくては、こと日本では景気は回らないのであろうが、カイロを腰や背中に忍ばせ繁華街を歩いていると、道行く人たちが笹を担いで通りすぎていく。
「今日はえべっさんだったな」。ぼくはすっかり「えべっさん」のことを忘れていた。
えべっさん」とは関西地方で有名な祭事で、商売繁盛・家内安全・交通安全を願い「縁起物」を求め多くの人が参拝する儀式である。
年始めの9日~11日に行われ、9日を「宵えびす」、10日が「本えびす」、11日を「残り福」と呼び、一般的に「10日えびす」と称呼され、関西地方で古くから伝わり、街のあちらこちらで笹を持った団体を目にすることになる。
主に個人や会社で商売を営む人たちのルーチンであり、いわゆる「縁起物の象徴」として飲食店やオフィスの壁などに破顔一笑の「えびす様」が飾ってある。
全国的には「えびす様」または「恵比寿神」と呼ばれている七福神の一人で、関西地方では親しみを込めて「えべっさん」と呼んでいる。
釣り竿と鯛を両手に持ってほほえんでいる神様で、遠くの海からやってきて人々をしあわせにする神様とも呼ばれ、「漁業の神」としても有名であり、漁港や水産関係などでもその人気を博している。
「商売繁盛で笹もってこい!」という関西色丸出しのフレーズを連呼し、「福笹」と呼ばれる笹の葉を神社で手に入れ、商売繁盛を祈願し、さまざまな縁起物(鯛や米俵や小槌など)を飾り付けてそれぞれオリジナルティー溢れる福笹を完成させて福を自宅に持ち帰るのである。
恵比寿神(えびすのかみ)」を祭る神社で行われるのだが、大阪だと「今宮戎」や「堀川戎」などが有名で、全国のえびす様を司る総本社の「西宮神社」では、毎年ニュースなどで取り上げられる西宮えびす独特の伝統行事として「開門神事」が行われる。開門を待っていた数千人の参拝者が一番福を目指し、離れた本殿へ早く到着した順に1番から3番までがその年の「福 男」として認定される。最近は抽選で順番を決定するそうだが、全国の体力自慢の若者たちが一堂に集い、夜明けの群青の真下で寒風を切り裂いて駆け抜ける姿は熱気で息を飲む。
ぼくも何年か前にえべっさんに足を運んだが、時間を問わず人の並みが押し寄せ、藁にもすがるどころか笹にでもすがりたい群衆に圧倒された記憶がある。今年は参加できなかったが、いつかは福男になってみたいものだ。

ノーサイド

年が明けた。いつの間にやら2018年だ。平成30年というのだから、月日の早さに日本人でもびっくりである。
新年のこの時期はウィンタースポーツのほかに陸上競技団体競技も盛り上がっている。元旦から実業団マラソンに箱根駅伝、バスケットにサッカーなど熱い戦いを繰り広げられているが、今年初めてラグビーを観戦してきた。ラグビーはまさに今がシーズン真っ只中で、高校、大学、社会人と目白押しで全国大会やリーグ戦が開催されており、ようやく時宜を得て念願のラガーマンの聖地である「花園ラグビー競技場」に足を運んできた。
そももそも何故ラグビーかというと、ぼくは学生のころはバスケットボールに傾倒していたが、他のスポーツでラグビーだけがどうしても気になる競技として頭の片隅にへばりついていた。ラグビーの魅力はその愚直までの試合運びとルール性に尽きると思う。また「男臭い」スポーツの典型的な泥臭ささに、不器用な大男たちの誇りやロマンといったものが、大げさに言うのであれば人生そのものに置き換えられるところに、痛烈にシンパシーを抱いてしまうひとりなのである。
当日、花園ラグビー場では高校ラグビーの全国大会の準々決勝が行われていた。正月にも関わらず、会場には大勢のラグビーファンが集合し、高校生のひたむきな姿に惜しみない声援を送っていた。会場内ではご当地の人気グルメやラグビー関連グッズが販売されいて周囲の清掃も行き届いており、観戦する側の配慮も協会が意識していることを伺える。それは2019年の日本で行われるラグビーワールドカップの布石に必ずつながり、ますます日本のラグビー界は邁進していくだろう。
ぼくは富士宮焼きそばをビールで流し込みラグビーグッズを物色してから、あらためてグラウンドを見渡した。透き通るような紺碧の空の真下で、高校生たちが縦横無尽に駆け回っている。ちょうど「ノーサイド」を告げる審判の甲高いホイッスルが響き渡った。
「 何をゴールに決めて何を犠牲にしたの」と歌ったのはユーミンであるが、いよいよ一年が始まった。どこに転ぶか分からない楕円球の悪戯に悪戦苦闘しながらも、今年は何かをゴールに決めてみたいと思うのであった。

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サン・トワ・ミー

今年も約束通り、クリスマスがやってきた。なにやら巷では「クリぼっち」という言葉が流行しているみたいだが、ここ数年、「草食男子」という言葉に包括されるように、殊更若い成人男性の不感症が際だって見受けられる。ぼくもそのカテゴリーに分類されているのであれば、納得もするのだが、若くもなく、性欲はあるのに相手がいないという、個人のゆいしき問題なのでは話にならない。
晩秋に、失恋をした(こう書くと一般的な恋愛を経験していると思われるが、単なる一方的な片思いである)。自分でも思いのほか、傷口が大きいので動揺した。中高生女子が経験する、初めて意中の男性に告白して振られたような、制御できない切なさや悔しさと苦いコーヒーを飲んだあとのほろ苦くも妙な優越感が混同し、ぼくは数日間、何も考えられなかった。
そんなひと肌恋しい季節に吉兆が訪れた。いつもの居酒屋の大将が常連客やその仲間を呼んで、クリスマスパーティーを開催するからと、お声がかかった。チャンスである。まさに僥倖。お店の常連ではあるが、他のお客さんとは会釈程度で素性を知らない人がほとんどだ。マスター曰く、「若くてかわいい女性がたくさん来るよ」の言葉に血圧が上がり、この機会に仲良くなって、脱独り身生活といきたいところである。
当日は夕方まで仕事だったので、店に向かう途中にプレゼント交換用のお土産をビレッジバンガードで購入してから、お店に向かった。暖簾をくぐるとサンタのコスチュームを来たマスター夫妻が出迎えてくれたが、何かおかしい。というより参加者が少ない。多分みんな遅れてくるのだろうと、マスターに聞いてみると、「すまん。すまん。何組かドタキャンになってよ。これだけや」。ため息なんてついていられない。数少ない女性人にアピールしなくてはならない。女性人はぼくより年上の方々だったが、話題も豊富で楽しく会話についていけた。連絡先も無事に交換し、また会う約束を交わすことができた。これからどういう展開になるのかわからないが、何かあればこのブログで報告させてもらいます。
料理はマスター夫妻が腕を振るい、クリスマスに相応しくケーキも用意していただいた。パーティーも終わり、外に出ると肌を刺すような冷気が身体に堪えた。夜のしじまに白い吐息が消えていき、みんなと別れてひとりで駅に向かった。突如、どうしようもない侘しさが全身を纏い、脳裏に「サン・トワ・ミー」が流れはじめていた(因みにRCサクセションVer)。まだ傷は癒えてないのかもしれない。ぼくは車窓に映る赤い顔をただ見つめながら、「来年は良いことがありますように」と投げやりな願いごとを誰かに頼んでから目を閉じた。

本年からスタートしたこのブログも、今年最後の更新となりました。来年以降も細々と日々の出来事を綴ってまいりますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

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未来の職人たち

年の瀬の厳しい木枯らしが吹きすさむ週末に、熱い男たちに遭遇してきた。大阪府立南大阪高等職業技術専門校で行われた、1級配管(建築配管作業)技能検定受験対策事前実技講習の現場にお邪魔してきた。これは関西配管組合工事業協同組合が技能検定試験を申し込んだ方を対象に、ひとりでも多くの技能士を世に送り出そうと、受験対策として事前に実技講習を計画しているものである。2日間、本番さながらに講師が熱心に指南し、受験当日の課題と同じものを試作してもらう。実技試験のほかに座学では、ペーパーテストの基本事項について講義し、配管図から材料を拾い出して材料表を作成する。
今年も難関の1級配管検定に挑戦する設備業者に勤めている若者らは、朝早くから会場に集合し本番を見据えて課題に取り組んでいた。受講者らは講師の話に耳を傾けメモを取りながら確認していく。昼食を挟んで午後からは、鋼管のネジ切り作業や接着接合作業の予習や、配管図に従って管継手を使用しての鋼管、銅管、塩化ビニル管の配管組立作業を時間内で行えるようにひたすら練習し、実際に誤差や水漏れがないか寸法精度内での誤差を講師がチェックする。
いま人材不足が深刻化している。若者が入ってこないのだ。職人と呼べる技術者はもう50代、60代に差し掛かり、10年後には本当にプロの職人と呼べる現役は恐らく数えるほどだろう。今や日本の若者には期待できず、外国人労働者が穴を埋めてくれている。彼らは日本に稼ぎにきているので残業も苦にせず、文化や言葉を学びながら真面目に働いてくれると聞く。ぼくら日本人(特に若い世代)は、肉体労働職に疎く敬遠するきらいがあるが、例えば配管技能士は立派な国家資格であり、合格者はこれまでに400万人を超え、確かな技能の証として各職場において高く評価されているのである。
ある講師が言った。「ぼくらはひとりでも多く合格者を出したい。技術の継承は君らにかかっている。言葉は悪いがズルしてでも何でもいいから、この2日間でしっかり学んで帰ってほしい」。
ぼくがこの業界に関わりだして思うことは、おこがましいが、インフラを支えている彼らこそ日本を支えている気がしてならない。冷たいすきま風などおかまいなく、額から汗を流して黙々と作業に取り組む彼らに日本の明日を見た。

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晩秋の夢

すっかり寒くなり、朝夕はコートやマフラーが手放せない季節になってきた。自販機の缶コーヒーもいつの間にかホットに入れ替わり、外回りの営業で冷えきった身体を温めてくれる。ついでに懐も温めてもらおうと、先週いつものメンバーで京都競馬場に繰り出してきた。当日は東京競馬場で「ジャパンカップ」が行われている。
日本馬VS外国馬という最強馬決定戦のレースだが、ここ数年は海外からの有力馬の参戦も少なく、また日本馬もいまいちパンチが足りないメンバーになりがちで、本来の意味合いが変わってきているのも事実である。それでも華やかなG1ということで、現地には参戦できないが京都競馬場のある「淀」に向けて、ぼくらは京阪電車(通称おけいはん)に揺られながらスポーツ新聞をかじりついていた。
晩秋の京都は、同じ関西でも気温の差が大阪とは2、3度違うので風も冷たく感じ肌寒く、どんよりとした雲に覆われて冬の始まりをにわかに匂わせていた。
京都競馬場には年に数回しか訪れないのだが、実は楽しみがある。すぐ近くの伏見区一帯は、伝統的な日本酒の名産地として知られ、「カッパ」でお馴染みの大手日本酒メーカーの黄桜酒造の本社があり、同社が直営店として運営している地ビールレストランのテーマパーク「キザクラカッパカントリー」があるのだ。風情溢れる一角で、大吟醸純米酒にオススメの地酒をきゅっと飲み干し、日本酒に合う肴に舌鼓を打つのが、競馬場からの王道コースである。
勇んで競馬場の門をくぐりぬけたものの、まぁ、外れること、外れること。こんなにも見事にかすりもしないで宙に舞うと、気持ちがいいぐらいだ。ここまでくれば逆に強気になれる。乱暴にもなれる。そして肝心のジャパンカップも終わり、残りは最終レースだけになった。所持金は2千円。夕刻の闇が不安と焦燥感を煽る。振り返ると、夥しい数千枚のみんなの夢や希望や魂が詰まった馬券が寒空の下、宙に舞い、何ともいかんしがたい寂寥感に苛まれた。人が夢を見ることは儚いものなのか。ぼくは有り金を最終レースの「京阪杯」にぶち込んでその時を待った。そして数分後、10倍になって戻ってくるとぼくは曇天に向けて「ヴィクトリー!」と叫んでやった。競馬で正解があるとすれば勝つことだ。ぞろぞろと肩を落として歩く群衆をすり抜け、伏見の夜に胸をふくらまして夜空を見上げれば、月に映ったカッパが手を振ってくれていた。

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