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それぞれの蹄跡

胸がドキドキしている。今週末、日本競馬界の最高峰のレースが東京競馬場で行われる。
そう。日本ダービーである。日本ダービーというと、競馬を知らない方も一度は耳にしたことがあるのではないか。実は日本ダービーは副称であり、本来は「東京優駿」が正式なレース名である。
かれこれ本格的に競馬をやりはじめて10年以上経つであろうか。きっかけは、当時東京で広告代理店の営業マンとして働いていたときだった。世間では何やら「ディープインパクト」という名の馬が賑やかしていた。「競馬か・・・」そのときのぼくは殊更興味を抱くことなく、ひとつのギャンブルとして捉えていた。こどもの頃には、サッカーボーイがオヤジたちを熱くさせていた。学生の頃は、ダービースタリオンが爆発的人気を誇り、やれ、ナリタブライアンヒシアマゾンだと、友人たちが喚いていた。それでもぼくは興味を引くことはなく、むしろ同じギャンブルでも麻雀やパチンコに熱を入れていた。それが、自宅のテレビで何気なく流れていたディープインパクトが無敗の三冠馬となった菊花賞のレースを見て、競馬の魅力を痛烈に感じた。ブラウン管から届くサラブレッドの容姿が目に焼き付き、直線、他馬を寄せ付けない圧倒的な強さでゴールしたディープインパクト。ジョッキーの武豊はその走りを「飛ぶ」と形容したが、引退レースの有馬記念を見ればわかると思うが、間違いなくあの馬は飛んでいた。
そんなわけで、はじめは目もくれなかったディープインパクトがきっかけとなり、関西に戻ってからは阪神京都競馬場に足繁く通うことになる。競馬とは、文字通り「馬」が「競う」わけだが、その年生まれた7000頭ほどのサラブレッドで、わずか18頭しか一生に一度の日本ダービーの舞台に立つことかできない。一頭、一頭どんな轍を歩いてきたのだろうか。馬と会話が可能ならば、飼い葉を肴にだだっぴろい牧場でインタビューでもしてみたいもんである。
2017年、5月28日。生産者、オーナー、調教師、助手、ジョッキー、すべての関係者とファンの願いを背に、新緑の季節に薫風が爽やかに吹き抜ける。

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結果にコミット

運動不足である。30歳も半を過ぎて仕事やプライベート以外で身体を動かす機会が年々減ってきている。振り返れば子供の頃からスポーツは苦手であった。当時は肥満児で小学校のリレー競争やマラソン大会、鉄棒の逆上がりなど苦痛でしかなく、体育の時間は嫌で嫌でしょうがなかった。そのくせ身体を動かすこと自体は嫌いではなく、ノルマや条件を強要されなければ、マイペースで身体を鍛えたりすることは案外平気であり、学生時代までは何かしらのスポーツをコツコツ励み、踊れるデブを目指していた。それが社会人になってからは、仕事や時間や環境や私財などを言い訳に、知り合いからの誘いにも応えられず、かといって率先してクラブチームやサークルに参加するわけでもなく、ただ指をくわえて眺めてるばかりで、気づけば30歳を過ぎ半ばに突入した。
昨年、幼なじみの同級生が脳卒中で倒れた。幸い自宅だったので、嫁さんが救急車ですぐに病院に運んだので一命を取り留め、長期の入院を強いられたが後遺症なども残らずにすんだ。話を聞くと高血圧や遅くまで仕事で働いていたことなどが要因としてあるかもしれないが、なんの前触れもなかったという。彼には家族もあり、いまは再発の恐れもあってタバコも止めて酒も控えている。
ぼくらの年齢でも起こりえてなんら不思議ではないと再確認させてもらった反面、もうそんな年齢になったのかと感慨が先に立った。また身近な仲間だったということで、強く意識したのかもしれない。酒とタバコは止められないとしても、せめて身体だけは日頃から動かさなければいけない。
本当は何年も前からスポーツジムに通っている。週に2回ほど、ランニングマシンやプールで汗を流していた。ただ、所要で通えないときがあったり、時間がなくてサウナしか入らなかったり、まったくといって活用できていない。
ぼくの通っているジムはCMで話題になってる某スポーツクラブではなく、駅前にあるちいさなフィットネスクラブで設備もさほど整っていない。膝に負担がかからないということで、プールをよく利用しているのだが、全長12メートルほどでコースも2つしかなく、泳ぐゾーンと歩くゾーンに分離され、1コースに4、5人も入水すれば軽い渋滞が起こる。そんな惨事の中を、おばちゃん連中(60~70代)は同世代の仲間らといっしょに談笑しながらゆっくりとウォーキングするのだ。それがまた大きな声で話をするので室内の反響もあってか、水のなかでもいやが上にも飛沫とともに聞こえてくる。関西のおばちゃん連中はデリカシーがないというか、ある意味潔いというか、真面目な連中をしり目に「スーパーの激安情報」や「どこそこの~さんがさ」など、どうでもいい品評会を永遠とぐるぐると回遊しながら、しまいには話がつきないのかプールから上がっても隣のジャグジーで足湯さながら爆笑している。もはや女子会といったかわいいものではない。それは元気のいい老人たちが病院を私物化してしまうのと同じで、まさに裸の王様というべきか。歳を取るにつれ、若い頃なら許せなかったことが図太くなるのもわからなくもないが、もう少し周りのことを考えてもらいたい。
話が逸脱した。私、この機会にダイエットはじめます。

しんせかい・番外編

新世界を後にしたぼくらは、ふと、同じ感情を抱いていた。「飛田」って近いよな。昼間からのアルコールが拍車をかけている。「飛田」とは通称飛田新地のことで、西成区の山王地帯にある戦前から残る赤線、いわゆる遊郭である。大阪には他にも松島新地や信太山新地といった遊郭が残存し、その独特なやり取りや雰囲気が貴重とされ、なにぶんひた隠されるが映画にドキュメンタリー、小説などでいまなおフューチャーされている。
その一帯は、表向きは料亭、旅館だが長屋のように区画に連なり、スナックの名前にありがちな店名が桃燈のように掲げられている。基本的に呼び込みする女(基本的に年増な女性)の横に、座布団の上から手を振る二十歳前後の女の子がいる。特筆べきことは、その女の子が皆かわいいのである。ライトアップされ見映えするからか、どこかのアイドルグループか人気AV女優となんら遜色ないのである。通りを歩くたびに、おばちゃんの呼び込みとともに、セクシーなコスチュームと営業スマイル100点の笑顔で男性の心を誘惑してくる。いやが上でも顔はにやけてしまい、下半身は熱くなる。ぼくと友人は冷やかし半分で、メイン通りを歩きながら女の子を物色してみた。全国的にも有名なのか観光客や若者の団体が多く、あちこちの店先の前でなにやら値段交渉や情報収集に力を入れていた。
しかしながらこの時代にこういった色街が残っているのは、奇跡に近いのではないか。裏付けとして母体組織がしっかりしていることもあるだろうが、呼び込みのおばちゃんはじめ、キャストの女の子にしろ、世間体や偏見に屈しないプライドを心の奥底にしっかりと保持しているからであろう。それは開き直りや屈折した感情ではなく、純粋に旅客を案内しようとする矜持であり、サービス精神ではないだろうか。どちらにしろ、このアンダーグラウンドな世界をいつまでも存続していただきたいと切に思う。
システム自体は、女の子を指名し二階の個室でことを済ませるのだが、料金や時間など初めて来られる方は、事前に調べといたほうがいいだろう。この日は昼間に訪れたが、夜はさらに妖艶で怪しい光を放っている。また写真撮影は絶対禁止となっているのでご注意を。

しんせかい③

とりあえず、飯を喰らおうということで、串カツ屋に入ることにした。新世界の食べ物屋がすべて串カツ屋といっていいほど、チェーン店から個人営業まで、まあ、ひしめき合っている。店の前には若い従業員が元気のいい声で呼び込みをし、慣れたもので外国人や他府県の観光客にも臆することなく声をかけては店内に誘っていく。あの年齢であの営業努力は並みではない。感服する。
経験上、店選びは客がそこそこいるところがいい。この「そこそこ」が難しい。店の前を行っては帰って状況を把握するのだ。新世界の串カツ屋で有名な「だるま」はいつでも混んでいる。なので、ぼくらはワンランク下(単なる感覚にすぎない)の串カツ屋の暖簾をくぐった。店内は丁寧に油で塗装され、美味しそうな臭いが充満している。カウンターに腰を下ろし、串カツの盛り合わせと生中を頼んだ。晴天の休日の昼間にアルコールを摂取し、熱々の串カツを頬張ると、意味もなくふたりとも納得した。店を後にしたあとは、新世界を適当に巡り、帰りに通天閣を眺め写真に収めた。帰りにじゃんじゃん横丁を歩いていると、細い路地に懐かしい将棋指しを見つめるオヤジたちがいた。その顔は、やはりこの街でしか生きていけない人たちの顔であり、この街を愛している慈愛に満ちた眼差しだった。つかの間、その横でオヤジたちに囲まれた初老があぐらをかいて叫んでいた。ぼくらは互いに苦笑いを浮かべ、新世界を後にするのだった。

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しんせかい②

ぼくらは昼前に天王寺駅で待ち合わせ、新世界まで運動がてら歩いて行くことにした。関西では認知されている天王寺動物園だが、この周辺は阿倍野再開発地区であり、あべのハルカスを筆頭にここ数年で大阪でも目覚ましく劇的に街全体が変貌した地域でもある。青春時代をこの街で過ごしてきたぼくには懐かしく、あの頃この界隈はまだ古き良き昔の面影を残していた。味のある呑み屋街、さびれた本屋、純喫茶など街を闊歩するだけで、けっこういけた。一方で、ニュースでも取り上げられた青空カラオケ屋台の強制撤去(詳しいことはまたどこかで)など、当時この周辺にいたホームレスの人たちは一体どこに行ってしまったのだろう。 今や若者やファミリーが楽しめるスペースに移り変わり、時代のニーズを取り入れた商業的な施設の場として週末は賑わっている。
ぼくらが当時の昔話に花を咲かせていると、忽然と「SINSEKAI」の入口が飛び出てきた。少し興奮している自分がいた。なんだこの高揚感。連休のせいか、やたら観光客が多い。外国人も多い。そんな外国人に「あんたは何人や?」と昼間からすでにできあがっている爺さんが、小粋なステップを踏みながら話しかけている。危ない。昔、道端で靴の片方だけを「100円」と書いて売っていたオヤジの姿を思い出した。遠くでは揉め事が起きているのか、奇声に近いオヤジたちの咆哮が耳に届く。ぼくは大袈裟ではなく、勇気を絞りだし足を踏み入れた。

しんせかい①

GWの初日。日本中が海外だ沖縄などの行楽地に、また里帰りの帰省中にと、せっせと予定を敢行している中、独身者の身としては他人事のように 、テレビのニュースで帰省ラッシュなどの映像を傍観していると、友人から「相手をしてくれ」と連絡が入った。彼とは幼なじみで、市役所に勤め5年ほど前に結婚をしいまや二児のパパである。連休中、嫁がママ友と出かけたらしく時間がポッカリ空いたとのこと。
久しぶりに会うのでどこかに出かけようと考えたが、世間はGW真っ只中。どこに行っても人混みなのは安易に想像がつく。 何気なくぼくは「新世界」はどう?と聞いてみた。何故ゆえ新世界という言葉が出てきたのかは説明できないが、久しく訪れていないことも助長し我々の行き先が決まった。
新世界とは大阪の浪速区にある繁華街で、大阪のシンボルでもある「通天閣」が中心にそびえ立っている。じゃんじゃん横丁なる入口を潜ると串カツ屋が並び、何を売りたいのかわからないアパレル店が連なり、スマートボールや劇場、映画館など昭和が色濃く残るこの歓楽街が、逆に人気を集め最近注目されているらしい。
だが、大阪人は率先して来ることはない。それは東京に住んでいて東京タワーに訪れないのと同じことで、わざわざ大阪の中心で環状線から毎日眺められるこの光景を関西人なら自明のこととして振り向きもしないからだ。いまや観光客向けにビジネス形態も変化し、他府県の観光ツアーなどでは新世界も人気スポットらしいが、大阪に住む者としては、あの地域に足を簡単に踏み込むのは、ある種の冒険と言っても過言ではなく、危険地帯に足を踏み込むのと同等なのである。
あの界隈は大阪の中でも特に治安が悪く、いわゆるあいりん地区の日雇い労働者などがワンカップ片手にたむろし、夕闇とともに怪しい外国人娼婦が肩を寄せてくる。裏の影の世界はこの街でしか生きていけない人たちの街でもあり、棲みかでもある。どうしようもない情念。怨念。悲哀に満ち溢れ、あまりに忙洋としている。まさに黒岩重吾車谷長吉の世界である。 けれでも、ぼくは彼らを否定しない。何故か。そんな彼らがあまりに強烈で潔いからである。人間味に溢れすぎで、注いだジョッキから溢れてしまっている。何年か前に訪ねたときはまだその雰囲気が残っていた。
ぼくはGWに確かめたくなった。

魚群

淡路島によく行く。釣りである。山と海に囲まれた自然豊かなこの島にもっぱら釣りに出かける。
時間帯にもよるが大阪から車で約1時間半ぐらいで島に渡ることができるので、是非、関西圏でまだ訪れたことのない方は一度足を運んでもらいたい。観光にもデートにもお勧めです。
ぼくらはいつも通り朝の5時前に出発し、淡路SAで朝食を取るのが恒例となっている。いつも思うのだが、なんで高速道路にあるSAの食べ物はあんなにも人を誘惑し、その期待にそぐわないおいしい食べ物が揃っているのだろう。匂いや写真につられてついつい買いすぎる方も多いのではないか。朝日とともに明石海峡大橋を眺めながら、サンドイッチを頬張り、最近の釣果についてああでもないこうでもないと、好き勝手にしゃべるのもまたいいものである。
本題の釣りに話を戻すが、釣りといっても、漁船に乗って大物を狙うとかではない。ましてや松方弘樹や梅宮辰夫の世界とは程遠い。付け加えれば、そんなに釣りそのものに詳しくもない。いわゆる、サビキや投げ釣りなどのファミリーフィッシングが主体で、波止やテトラ、魚釣り公園などからちょい投げで遊ぶほどで、素人に毛が生えた程度である。
淡路SA降りてすぐそばにある「エサピチ」という釣具屋で網エビやゴカイなどを調達し、同じ海沿いの「翼港」に向かった。ここは淡路に釣りに行くようになってからよく利用させてもらっている。季節によってハマチやツバスなどの青物から、アジやイワシにいたるまで幅広い魚種が回遊しており、公園内の施設にはトイレや売店も完備され交通の利便性もいいので、淡路でも家族連れに人気の釣りスポットである。
今回の釣果というと、小さなガシラ(カサゴ)、べラを数匹とコブ鯛の子をゲット。パチンコで魚群が流れると激熱だが、季節的に本物の海はまだ渋く、ノーマルリーチといったところだった。
仕方なく帰りに岩屋にある道の駅に寄って、淡路の名産の玉ねぎ、茎わかめくぎ煮など魚より酒の肴をお土産に帰るのであった。

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