えべっさん

今年はいつにもまして寒いのではないか。冬は寒くて夏は暑くなくては、こと日本では景気は回らないのであろうが、カイロを腰や背中に忍ばせ繁華街を歩いていると、道行く人たちが笹を担いで通りすぎていく。
「今日はえべっさんだったな」。ぼくはすっかり「えべっさん」のことを忘れていた。
えべっさん」とは関西地方で有名な祭事で、商売繁盛・家内安全・交通安全を願い「縁起物」を求め多くの人が参拝する儀式である。
年始めの9日~11日に行われ、9日を「宵えびす」、10日が「本えびす」、11日を「残り福」と呼び、一般的に「10日えびす」と称呼され、関西地方で古くから伝わり、街のあちらこちらで笹を持った団体を目にすることになる。
主に個人や会社で商売を営む人たちのルーチンであり、いわゆる「縁起物の象徴」として飲食店やオフィスの壁などに破顔一笑の「えびす様」が飾ってある。
全国的には「えびす様」または「恵比寿神」と呼ばれている七福神の一人で、関西地方では親しみを込めて「えべっさん」と呼んでいる。
釣り竿と鯛を両手に持ってほほえんでいる神様で、遠くの海からやってきて人々をしあわせにする神様とも呼ばれ、「漁業の神」としても有名であり、漁港や水産関係などでもその人気を博している。
「商売繁盛で笹もってこい!」という関西色丸出しのフレーズを連呼し、「福笹」と呼ばれる笹の葉を神社で手に入れ、商売繁盛を祈願し、さまざまな縁起物(鯛や米俵や小槌など)を飾り付けてそれぞれオリジナルティー溢れる福笹を完成させて福を自宅に持ち帰るのである。
恵比寿神(えびすのかみ)」を祭る神社で行われのだが、大阪だと「今宮戎」や「堀川戎」などが有名で、全国のえびす様を司る総本社の「西宮神社」では、毎年ニュースなどで取り上げられる西宮えびす独特の伝統行事として「開門神事」が行われる。開門を待っていた数千人の参拝者が一番福を目指し、離れた本殿へ早く到着した順に1番から3番までがその年の「福 男」として認定される。最近は抽選で順番を決定するそうだが、全国の体力自慢の若者たちが一堂に集い、夜明けの群青の真下で寒風を切り裂いて駆け抜ける姿は熱気で息を飲む。
ぼくも何年か前にえべっさんに足を運んだが、時間を問わず人の並みが押し寄せ、藁にもすがるどころか笹にでもすがりたい群衆に圧倒された記憶がある。今年は参加できなかったが、いつかは福男になってみたいものだ。

ノーサイド

年が明けた。いつの間にやら2018年だ。平成30年というのだから、月日の早さに日本人でもびっくりである。
新年のこの時期はウィンタースポーツのほかに陸上競技団体競技も盛り上がっている。元旦から実業団マラソンに箱根駅伝、バスケットにサッカーなど熱い戦いを繰り広げられているが、今年初めてラグビーを観戦してきた。ラグビーはまさに今がシーズン真っ只中で、高校、大学、社会人と目白押しで全国大会やリーグ戦が開催されており、ようやく時宜を得て念願のラガーマンの聖地である「花園ラグビー競技場」に足を運んできた。
そももそも何故ラグビーかというと、ぼくは学生のころはバスケットボールに傾倒していたが、他のスポーツでラグビーだけがどうしても気になる競技として頭の片隅にへばりついていた。ラグビーの魅力はその愚直までの試合運びとルール性に尽きると思う。また「男臭い」スポーツの典型的な泥臭ささに、不器用な大男たちの誇りやロマンといったものが、大げさに言うのであれば人生そのものに置き換えられるところに、痛烈にシンパシーを抱いてしまうひとりなのである。
当日、花園ラグビー場では高校ラグビーの全国大会の準々決勝が行われていた。正月にも関わらず、会場には大勢のラグビーファンが集合し、高校生のひたむきな姿に惜しみない声援を送っていた。会場内ではご当地の人気グルメやラグビー関連グッズが販売されいて周囲の清掃も行き届いており、観戦する側の配慮も協会が意識していることを伺える。それは2019年の日本で行われるラグビーワールドカップの布石に必ずつながり、ますます日本のラグビー界は邁進していくだろう。
ぼくは富士宮焼きそばをビールで流し込みラグビーグッズを物色してから、あらためてグラウンドを見渡した。透き通るような紺碧の空の真下で、高校生たちが縦横無尽に駆け回っている。ちょうど「ノーサイド」を告げる審判の甲高いホイッスルが響き渡った。
「 何をゴールに決めて何を犠牲にしたの」と歌ったのはユーミンであるが、いよいよ一年が始まった。どこに転ぶか分からない楕円球の悪戯に悪戦苦闘しながらも、今年は何かをゴールに決めてみたいと思うのであった。

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サン・トワ・ミー

今年も約束通り、クリスマスがやってきた。なにやら巷では「クリぼっち」という言葉が流行しているみたいだが、ここ数年、「草食男子」という言葉に包括されるように、殊更若い成人男性の不感症が際だって見受けられる。ぼくもそのカテゴリーに分類されているのであれば、納得もするのだが、若くもなく、性欲はあるのに相手がいないという、個人のゆいしき問題なのでは話にならない。
晩秋に、失恋をした(こう書くと一般的な恋愛を経験していると思われるが、単なる一方的な片思いである)。自分でも思いのほか、傷口が大きいので動揺した。中高生女子が経験する、初めて意中の男性に告白して振られたような、制御できない切なさや悔しさと苦いコーヒーを飲んだあとのほろ苦くも妙な優越感が混同し、ぼくは数日間、何も考えられなかった。
そんなひと肌恋しい季節に吉兆が訪れた。いつもの居酒屋の大将が常連客やその仲間を呼んで、クリスマスパーティーを開催するからと、お声がかかった。チャンスである。まさに僥倖。お店の常連ではあるが、他のお客さんとは会釈程度で素性を知らない人がほとんどだ。マスター曰く、「若くてかわいい女性がたくさん来るよ」の言葉に血圧が上がり、この機会に仲良くなって、脱独り身生活といきたいところである。
当日は夕方まで仕事だったので、店に向かう途中にプレゼント交換用のお土産をビレッジバンガードで購入してから、お店に向かった。暖簾をくぐるとサンタのコスチュームを来たマスター夫妻が出迎えてくれたが、何かおかしい。というより参加者が少ない。多分みんな遅れてくるのだろうと、マスターに聞いてみると、「すまん。すまん。何組かドタキャンになってよ。これだけや」。ため息なんてついていられない。数少ない女性人にアピールしなくてはならない。女性人はぼくより年上の方々だったが、話題も豊富で楽しく会話についていけた。連絡先も無事に交換し、また会う約束を交わすことができた。これからどういう展開になるのかわからないが、何かあればこのブログで報告させてもらいます。
料理はマスター夫妻が腕を振るい、クリスマスに相応しくケーキも用意していただいた。パーティーも終わり、外に出ると肌を刺すような冷気が身体に堪えた。夜のしじまに白い吐息が消えていき、みんなと別れてひとりで駅に向かった。突如、どうしようもない侘しさが全身を纏い、脳裏に「サン・トワ・ミー」が流れはじめていた(因みにRCサクセションVer)。まだ傷は癒えてないのかもしれない。ぼくは車窓に映る赤い顔をただ見つめながら、「来年は良いことがありますように」と投げやりな願いごとを誰かに頼んでから目を閉じた。

本年からスタートしたこのブログも、今年最後の更新となりました。来年以降も細々と日々の出来事を綴ってまいりますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

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未来の職人たち

年の瀬の厳しい木枯らしが吹きすさむ週末に、熱い男たちに遭遇してきた。大阪府立南大阪高等職業技術専門校で行われた、1級配管(建築配管作業)技能検定受験対策事前実技講習の現場にお邪魔してきた。これは関西配管組合工事業協同組合が技能検定試験を申し込んだ方を対象に、ひとりでも多くの技能士を世に送り出そうと、受験対策として事前に実技講習を計画しているものである。2日間、本番さながらに講師が熱心に指南し、受験当日の課題と同じものを試作してもらう。実技試験のほかに座学では、ペーパーテストの基本事項について講義し、配管図から材料を拾い出して材料表を作成する。
今年も難関の1級配管検定に挑戦する設備業者に勤めている若者らは、朝早くから会場に集合し本番を見据えて課題に取り組んでいた。受講者らは講師の話に耳を傾けメモを取りながら確認していく。昼食を挟んで午後からは、鋼管のネジ切り作業や接着接合作業の予習や、配管図に従って管継手を使用しての鋼管、銅管、塩化ビニル管の配管組立作業を時間内で行えるようにひたすら練習し、実際に誤差や水漏れがないか寸法精度内での誤差を講師がチェックする。
いま人材不足が深刻化している。若者が入ってこないのだ。職人と呼べる技術者はもう50代、60代に差し掛かり、10年後には本当にプロの職人と呼べる現役は恐らく数えるほどだろう。今や日本の若者には期待できず、外国人労働者が穴を埋めてくれている。彼らは日本に稼ぎにきているので残業も苦にせず、文化や言葉を学びながら真面目に働いてくれると聞く。ぼくら日本人(特に若い世代)は、肉体労働職に疎く敬遠するきらいがあるが、例えば配管技能士は立派な国家資格であり、合格者はこれまでに400万人を超え、確かな技能の証として各職場において高く評価されているのである。
ある講師が言った。「ぼくらはひとりでも多く合格者を出したい。技術の継承は君らにかかっている。言葉は悪いがズルしてでも何でもいいから、この2日間でしっかり学んで帰ってほしい」。
ぼくがこの業界に関わりだして思うことは、おこがましいが、インフラを支えている彼らこそ日本を支えている気がしてならない。冷たいすきま風などおかまいなく、額から汗を流して黙々と作業に取り組む彼らに日本の明日を見た。

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晩秋の夢

すっかり寒くなり、朝夕はコートやマフラーが手放せない季節になってきた。自販機の缶コーヒーもいつの間にかホットに入れ替わり、外回りの営業で冷えきった身体を温めてくれる。ついでに懐も温めてもらおうと、先週いつものメンバーで京都競馬場に繰り出してきた。当日は東京競馬場で「ジャパンカップ」が行われている。
日本馬VS外国馬という最強馬決定戦のレースだが、ここ数年は海外からの有力馬の参戦も少なく、また日本馬もいまいちパンチが足りないメンバーになりがちで、本来の意味合いが変わってきているのも事実である。それでも華やかなG1ということで、現地には参戦できないが京都競馬場のある「淀」に向けて、ぼくらは京阪電車(通称おけいはん)に揺られながらスポーツ新聞をかじりついていた。
晩秋の京都は、同じ関西でも気温の差が大阪とは2、3度違うので風も冷たく感じ肌寒く、どんよりとした雲に覆われて冬の始まりをにわかに匂わせていた。
京都競馬場には年に数回しか訪れないのだが、実は楽しみがある。すぐ近くの伏見区一帯は、伝統的な日本酒の名産地として知られ、「カッパ」でお馴染みの大手日本酒メーカーの黄桜酒造の本社があり、同社が直営店として運営している地ビールレストランのテーマパーク「キザクラカッパカントリー」があるのだ。風情溢れる一角で、大吟醸純米酒にオススメの地酒をきゅっと飲み干し、日本酒に合う肴に舌鼓を打つのが、競馬場からの王道コースである。
勇んで競馬場の門をくぐりぬけたものの、まぁ、外れること、外れること。こんなにも見事にかすりもしないで宙に舞うと、気持ちがいいぐらいだ。ここまでくれば逆に強気になれる。乱暴にもなれる。そして肝心のジャパンカップも終わり、残りは最終レースだけになった。所持金は2千円。夕刻の闇が不安と焦燥感を煽る。振り返ると、夥しい数千枚のみんなの夢や希望や魂が詰まった馬券が寒空の下、宙に舞い、何ともいかんしがたい寂寥感に苛まれた。人が夢を見ることは儚いものなのか。ぼくは有り金を最終レースの「京阪杯」にぶち込んでその時を待った。そして数分後、10倍になって戻ってくるとぼくは曇天に向けて「ヴィクトリー!」と叫んでやった。競馬で正解があるとすれば勝つことだ。ぞろぞろと肩を落として歩く群衆をすり抜け、伏見の夜に胸をふくらまして夜空を見上げれば、月に映ったカッパが手を振ってくれていた。

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走るオジサン

「六甲シティマラソン」に参加してきた。ランナーとしてではない。顧客が企画している、お得意先や関連会社の社員を招待し、親睦を深めるマラソン大会の取材に行ってきたのである。
マラソン大会の当日は、朝から爽やかな秋晴れが広がり、走らないぼくが宣言するのもおかしいが、文句なくマラソン日和となった。
会場となった六甲アイランドは、神戸港内にある人口島であり、埋め立て地として若い世代に人気を博している。大型複合施設や個性的なお店が並び、広大な敷地にはスポーツイベントが週末には開催され、若い家族連れやスポーツを満喫したい方にはもってこいの場所である。
参加者らは朝早くから現地に集合し、日頃は仕事での付き合いだが今日ばかりはお互い骨休めで、和気あいあいとした雰囲気の中、スタートの瞬間を待ちわびていた。今回はそれぞれ5㌔コースと10㌔コースにエントリーし、風の影響も少なくフラットなコース形態なので、マラソン初心者や親子で参加される方には街並みや潮風を楽しみながら満喫できるだろう。
ぼくは沿道からカメラでランナーたちの雄姿を撮りながら、ゴール手前から声援を送っていた。ゴールが近づくにつれて、苦悶の表情で呼吸が乱れながらも皆必死に前へ前へと足を踏み出していく。
ちょうどぼくの隣にいた小学校の低学年ぐらいの女の子たちが「がんばれー!」「ファイト、ファイト!」などと連呼し、可愛い声援をランナーたちに投げかけていた。その光景は微笑ましく、周りの大人たちやランナーまでもが通り過ぎ行く瞬間に見えない力を与えてくれた。
恥ずかしながら、ぼくは数年前まで年に1回ほど市民マラソンに参加していた。「参加することに意義がある」のもと、仲間内で健康促進の一環として参加し、こんなぼくでも最後は20㌔まで完走できるようになった。もちろんタイムは桁外れに遅い。何せ60代のオジサンに負けているのだから、ぐうのねも出ない。ただ、走ってみてわかったことだが、起伏の激しい山道のコースなどで、もうだめだと自分に負けそうなときに、沿道からの「がんばれー!」という声援がどれだけランナーの気力を後押しし奮い立たせてくれるかを実感した。正直、声援を送る人の気持ちなんてどうでもいい。口先だけでもはや惰性であろう。それでも、走ることは体力や精神力、技術力以上に、ぼくは「己との戦い」つまるところ「孤独との戦い」に尽きると感じている。
マラソンという競技以外でも、普段の生活や社会の中で誰しもが孤立している瞬間がある。そんな心細い自分に「君はひとりではない」とさり気なく提示することが、どれだけ当事者を安心させてくれるか。か弱くても、聞きづらくてもその声援がある限る、人は巨大な相手にぶつかっていけるのだ。
ぼくは感化されたのか、仕事を終えて自宅に戻り、埃が被ったシューズを取り出して近所をランニングしに出かけた。久しぶりのランニングは苦しかったが、月明かりに照らされて思いのほか歩かずにゴールできた。もちろん次の日は筋肉痛で出勤時間に遅れそうになったのは言うまでもないが。

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酒と泪と男と女

酒は百薬の長。酒を嗜むことで、薬よりも得るものがあるという。先日、人生で初の「利き酒」たるものを体験してきた。周知の通り、利き酒とは酒の品質を見極めるもので、行きつけの大将が卸している酒販店が「利き酒会」を企画しており、大将にチケットを手配してもらった。恒常的にアルコールを摂取しているぼくも、日本酒はあまり馴染みがなく、全国の銘柄を堪能できると聞いて期待を胸に当日を迎えた。
会場は大阪市中央区にあるシティプラザ大阪。会場にはすでに日本酒好きなおじさんから、冷やかし半分の若いカップルまで、安価で全国の銘酒を味わえるとあって待合室のフロアには人が溢れかえっていた。  
会場で大将らと合流し、受付で利き酒用のグラスをプレゼントされ、いざフロアに潜入。壁際に沿って蔵本の職人たちが全国各地の地酒を抱え、おのおの銘柄や製造工程など特徴をPRしながら、順次に差し出すグラスに一升瓶を傾けていく。瞬く間に、会場内は日本酒独特の甘い香気と鼻をつく酸味で、まだ一口も呑んでもいないのにほろ酔い気分に仕上げてくれた。ぼくは美田(福岡県)、凌駕(新潟県)、堀の井(岩手県)、益荒男(石川県)など、見よう見まねで手当たり次第、口に運んでみた。
「わかんねぇ・・・」正直、全部、旨い。ただ違いがわからない。確かに口当たりや薫りなど微妙に違うのはわかるのだが、それが正しいのかも疑問で言葉に形容することができない。飲む側の感覚の小差だけであって、こう次々に口に流し込んでいると、香味なんて本当はないのではと首を捻りたくなる。詰まるところ、すでに酔っぱらっているのである。
赤い顔で据わった目に映る透き通った清酒に、会場のオーディエンスは何を感じているのか。何でもその道のプロとして、相手の好みに合わせて日本酒を選別し日本酒の楽しみ方や飲み方を提供する「利き酒師」という資格も存在するらしい。日本酒の地位向上を推進し、日本酒という固有で独自の世界を築き上げた和酒を、まずわれわれ日本人が認知すべきだと感じた。男も女も皆、いい案配で酒を楽しんでいる。元来お酒が強くないぼくは一足先に、千鳥足で会場をあとにしたのだった。
ちなみに個人的に評価が高かったのは、黒龍(福井県)とゆきの美人(秋田県)である。機会があれば試してもらえれば幸いだ。